20世紀の美術界を代表する世界的版画作家である棟方志功は、昭和22年~28年頃、度々奥津の地を訪れ、奥津の自然を愛で、創作活動にも多くの時間を費やし、数々の作品を残しました。また、当館から車で20分ほどにある津山も大変愛し、そこでの恋は昭和27年、「美作路」というタイトルで詠まれた歌の1首に込められています。

奥津荘には棟方志功が残したいくつかの作品を展示しています。

江戸時代、津山藩の初代藩主である森忠政は、この湯を気に入り、湯治場として利用するため、鍵をかけ、村人や部外者が利用できないようにしたことから「鍵湯(かぎゆ)」と呼ばれるようになりました。 鍵湯は、趣はそのままに現在では奥津荘の浴場として使用されています。